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東京高等裁判所 昭和31年(う)33号 判決 1956年4月04日

控訴人 被告人 橋本一男

弁護人 徳岡一男

検察官 八木新治

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六十日を原審の言い渡した懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人徳岡一男および被告本人の各作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は、次のように判断する。

弁護人の論旨第一点

刑事訴訟法第三百二十八条は、形式的にも実質的にも伝聞証拠に関する原則である同法第三百二十条の例外規定であつて、同条の法意は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、その者の右公判準備又は公判期日外でした右供述に矛盾する供述(供述書面を含む。以下同じ)は、勿論、広く一般に何人の供述であつても同法第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない供述であつても総て無制限に証拠とすることができるものと解するのが相当である。(昭和二十六年七月二十七日東京高等裁判所第九刑事部判決、高等裁判所判例集第四巻第十三号刑事一七一五頁参照)従つて、又同条にいう証明力を争うとは、同条により提出し得る供述はいわゆる自己矛盾の供述に限らないから証明力を減殺するためにする場合のみならず、これを増強する場合であつても妨げないものと解しなければならない。ところで、本件においては被告人が原審公判廷における冒頭陳述として検察官の起訴状朗読に対し右公訴事実について被告人が朴知代と共謀した点を否認したので検察官が右朴知代を証人に申請し同人が公判廷においてなした証言が大体右共謀の点について公訴事実を認め得る程度であつたのであるが、右証言の直後において検察官は、同人の司法警察員および検察官に対する各供述調書謄本につき前記法条による証拠調を請求し原審はこれを受理しその証拠調を了したことは明らかであつてその供述調書の供述記載内容は所論の援用するとおり前記公判廷におけるものより一層明瞭に共謀の点が肯認できるのである。然しながら、冒頭に述べたとおりこの手続は何ら違法をもつて目すべきものではないのみならず、仮に所論に従い同法条により提出できる証拠は、自己矛盾の供述のみであつて証明力を減殺するためにのみ使用できるものと解し原審の手続が違法であるとしても、原判決はこの証拠を本件犯罪事実認定の証拠に採用していないし、又これにより証拠力が補強されたと主張する原審公判廷における右朴知代の証言を除外しても原判決挙示のその余の証拠によつて優に原判示犯罪事実を肯認するに十分であるから、その違法は判決に影響を及ぼすことの明らかなものとは到底認められない故、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

徳田弁護人の控訴趣意

第一点原審訴訟手続には法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである故原判決は破棄すべきである。

検察官は第二回公判において、朴知代の司法警察員並検察官に対する各供述調書謄本を刑訴法三二八条によつて提出し原審は之を受理しているのである(記録五五頁以下)。刑訴法三二八条は「公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うため」にこれを証拠となし得ることを規定するのである。即ち同条の証拠は公判期日等における証人等の供述の証明力を減殺するためにのみこれを証拠となしうるという趣旨であつて、斯る証拠を以つて積極的の事実を証明したり、供述の証明力を補強し得ないと解するのである。本件においては朴知代は、証人として略々公訴事実に符合する供述を行つている(記録五九頁以下)のであるから(前掲供述調書謄本)提出する必要なくこれを受理することは訴訟手続上違法と考えるのである。何故となれば、右司法警察員調書謄本(記録七六頁)には、「私は情夫橋本一夫と東京都で間借りし橋本は大和建設会社に勤めていたが会社が不況となつて給料を支払つてくれないので勤めを廃めてぶらぶらしていたので暮しにも困り、橋本は親戚に金を借りにいつたが貸してくれないのでどうすることも出来なくなり、橋本は私にお前何んとかなるまいかと言うので、私は金基周は子供の頃三、四年位同棲して世話になつたこともあるしそれに叔父に当つているので若し盗みにいつても見付かつた場合は謝れば勘弁して貰えると思つたので橋本にその旨の話をすると橋本もそうしようというので二人して鉾田迄来た」(要旨)とあり、右検察官調書謄本(記録八七頁)には、「私は以前金方で女中をしていたので同人から金を借り様と考え橋本にそのことを話し二人で鉾田に来た、然し私は金方を出る時同人の奥さんの着物を借りて着た侭出て仕舞つたことから金方とは顔合せが出来ない気持になり金を借りるために金方を訪問することは急に嫌になつたので橋本と二人で話合い自殺をしたいと話をしたがとにかく死んでもつまらないということから其処を歩いて駅にくる途中、私は橋本に金方の金の入つている所も通帳等のある場所も大体判つているから今晩盗もうと言つたら橋本は強制的に勧めなかつたが出来たらそうしてくれと言つた」(要旨)とある。即ち、いづれも被告人が朴知代と原判示第一の窃盗を共謀したことを認めたものである。勿論原審は之等を判決の証拠としては採用していないが刑訴法三二八条の証拠としてこれを受理する場合朴知代の前掲公判供述を補強することとなりまた事実裁判官の心証形成の資料となるのである。かくの如き違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄すべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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